剛柔流は四大流派の一つで、宮城長順(明治20〜昭和28年)を流祖とし、
沖縄空手の首里手(主として遠距離戦)と那覇手(主として接近戦)の大別
のうち、那覇手に属します。
那覇手の一大流派であった昭霊流(東恩納寛量が著名)を母体として発展
してきた、沖縄古参の流派の一つです。
宮城長順は沖縄那覇市内に生まれ、14歳の時より東恩納寛量に師事。
師の命により、明治36年に若干16歳で中国福建省に単身渡航。
福建派の拳法の劉龍公に師事し、拳法を習得し帰国。
後に剛柔流空手を創設しました。
その後、故山口剛玄を中心とし各地へと普及され、「空手に先手なし」
「人に打たれず人打たず」の理念の基、
現在も多くの人々に受け継がれています。
「剛柔流」の名称は、中国古文献の「武備誌」から抜粋されたものです。
その中の拳の八句、
「法剛柔呑吐(法は剛柔を呑吐するとの意味)」の一句に由来しています。
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