流祖・創始者

船越義珍(1868〜1957)

 1868年、沖縄県首里山川町に生まれ、首里手の大家、糸洲安恒・安里安恒に学ぶ。

 1922年に上京。文部省主催の第一回体育博覧会で演武、唐手術(空手道の当時の名称)を初めて本土で公開した。東京に留まり、松濤館道場の創設や、大学を中心とした長年の指導で多くの門弟を育てた。

 1929年、唐手術を「空手道」に改称。1948年には日本空手協会が発足、最高師範に就任した。

 松濤二十訓に見られるように、精神修養の重要性を説いた人物でもある。松濤館という名称は船越の雅号「松濤」に由来している。


松濤館の特徴

 遠い間合いからの攻撃と、直線的な動きが特徴。深く腰を落とした立ち方から、大きな運足で移動し技を極める動きが多く見られる。


松濤館の全日本空手道連盟指定形

第一指定形

ジオン、カンクウダイ

第二指定形

エンピ(燕飛)、カンクウショウ(観空小)


松濤館の得意形リスト

バッサイ大、バッサイ小、観空大、観空小、テッキ初段、テッキ2段、テッキ3段、半月、ジッテ、エンピ
岩鶴、ジオン、ソーチン、二十四歩、五十四歩大、五十四歩小、チンテ、ウンスー、明鏡、ワンカン、ジイン