流祖・創始者
摩文仁賢和(1889〜1952)
摩文仁賢和は、1889年11月14日沖縄県首里市で生誕。13歳の時、首里手の大家・糸洲安恒のもとに入門。19才の時に宮城長順の紹介により、那覇手の祖である東恩納寛量に教えを受けた。
1934年、大阪に空手道場『養秀館』を開設。これを期に、糸洲の“糸”と東恩納の“東”をとって糸東流と名乗り、開祖となる。摩文仁賢和、45歳の時である。
糸東流の特徴
研究熱心な摩文仁賢和は糸洲安恒、東恩納寛量の二人の師に就いた後も、両派以外に松村派、新垣派などの各派も修め、空手以外でも琉球古武術の棒術、釵術、添石流棒術などを学んだ。
このため、首里手・那覇手を中心に幅広い技術体系が確立されている流派であり、他の流派と比べても形の種類が多い。
特徴として、形という基本を守りながら、その内容を研究・応用し、組手と結び付けていくことにより作り上げられた分解組手として練習している。
また、精神教育に重きを置いた摩文仁は「君子の拳」(世を保つ国の守りのなる人の 心に兵法 つかわぬはな)を唱導し、人格の形成・向上を目指した指導を行い、現在も師の志を多くの弟子たちが継承している。
糸東流の全日本空手道連盟指定形
第一指定形
バッサイダイ、セイエンチン
第二指定形
マツムラローハイ(松村ローハイ)、ニーパイポ(二十八歩)
糸東流の得意形リスト
ジッテ、ジオン、ジイン、松風、ワンシュー、ローハイ、バッサイ大、バッサイ小、トマリバッサイ、松村バッサイ
コソークン大、コソークン小、コソークンシホ、チントー、チンテ、セイエンチン、ソーチン、ニーセイシ、五十四歩
ウンシュー、セイセン、ナイファンチン初段、ナイファンチン2段、ナイファンチン3段、アオヤギ(セイリュウ)、ジューロク
ニーパイポ、サンチン、テンショー、セイパイ、サンセイル、サイファ、シソーチン、クルルンファ、スーパーリンペイ
ハクチョー、パチュー、ヘイク、パイク、アーナン、アーナンコー、パプレン、チャタンヤラ・クーシャンクー